ふと振り向けば、壁に掛かる書籍商の標識プレート。ふだん錆びた鉄片や荒川で拾ったゴムボールなどを売っていると、つい忘れがちなのですが、これはウチが古本屋を生業とすることを東京都公安委員会が許可したという事実を示しています。
というわけで、初心にかえってたまには真っ当に本の紹介をいたします。在庫の中でもちょっとかっこいい本をセレクトしました。もちろん”かっこいい”はごく主観的な感覚ですから、”かわいい”や”ダサい”といった他の形容詞に容易に交換可能であることは言うまでもありません。便宜上、ここでは個人的な主観を押し通して商品のご案内をいたしますが、その際、どこがかっこいいのか分からないといった感想や、どちらかというと小汚いという意見を抱く個々人の自由は常に保障されるはずです。なんであれ、これらの形容詞の集積が、居ても立っても居られない身体の反応を呼び起こし、”買う”という動詞に接続されれば、これに勝る喜びはありません。
『ユリシイズ 前編』 ジエムス・ジヨイス 伊藤整・永松定・辻野久憲 譯 第一書房 1931年12月15日初版 刊行者 長谷川巳之吉 印刷者 望月清矣 製本者 橋本久吉 初版二千部 定價二圓 |
20世紀における最重要文学作品の本邦初訳がこの 第一書房版です。当時の出版文化興隆を担った版元。 翻訳に際しては岩波書店と熾烈な争いがあったことが 語られています。詳しくは『昭和初年の「ユリシーズ」』 川口喬一 みすず書房を読んでみてください。 |
原書は1922年パリのシェイクスピア& カンパニー書店より刊行。カバーを外したときの シンプルな青の装幀は原書に似せたのでしょう。 カバー少破れ 日付書込み 蔵書レッテル sold |
『スワン家の方』 マルセル・プルウスト 淀野隆三・佐藤正彰 譯 武蔵野書院 1931年7月18日初版 発行者 前田武 印刷者 櫻井專吉 定價一圓七十銭 |
『ユリシーズ』とともに20世紀小説の頭を張る 『失われた時を求めて』の中の一篇、その本邦初訳。 版元の武蔵野書院は今も神田にあります。 梶井基次郎の『檸檬』の初版を出した出版社として 有名。『檸檬』初版の古書価は10万前後でしょうか。 |
戦中戦後に流通した漉き直しの仙花紙と違って、 丈夫で上質な洋紙を使っているので、ヤケがありません。 厚めの紙に食い込む活字の並びがとてもきれいです。 日付書込み 蔵書レッテル sold |
『お前の身骵はお前のものだ』 ヰ゛クトル・マルグリット 木村幹 訳 アルス 1930年10月1日 發行者 北原鐵雄 印刷者 宮下桃太郎 定價壱円五十銭 |
クレジットがありませんが、声が漏れるほどのかっこいい 装幀です。名のあるデザイナーによるものでしょうか。 日付書込み sold |
『文學 4』 厚生閣書店 1933年8月10日 編輯者 春山行夫 發行者 岡本正一 印刷者 谷口熊之助 装幀 古賀春江 特價六十銭 |
詩人の春山行夫編集によるモダニズム文学を 唱導した文芸誌。シンプルで美しい装幀は なんと古賀春江。執筆陣は西脇順三郎、稲垣足穂、 竹中郁、北園克衛、安西冬衛といったいま見れば 豪華な面々。写真は夭折の詩人佐川ちかの詩篇。 日付書込み 蔵書レッテル sold |
『楡のパイプを口にして』 春山行夫 厚生閣書店 1929年4月18日 發行者 岡本正一 装幀 西脇マジョリー 印刷者 谷口熊之助 印刷所 溝口印刷所 定價一圓三十銭 |
前出の春山行夫による詩論をまとめた本。写真は 当時出ていた詩誌の感想。尾形亀之助主宰の「月曜」 について述べているくだり。表紙のちょっと面白い絵は 西脇の当時の夫人マジョリさんによるもの。 背ヤケ少痛み sold |
『日曜歴史家』 フィリップ・アリエス 成瀬駒男 訳 みすず書房 1985年10月24日初版 発行者 北野民夫 本文印刷所 精興社 扉・表紙・カバー印刷所 栗田印刷所 製本所 鈴木製本所 |
現行の版元の中でいつだって意味もなく手に取りたくなる 本を出版しているのがみすず書房。黒地に著者の近影を 断ち切りで大胆に配置した表紙デザイン。素敵です。 訳者謹呈の短冊 1,000円 |
『フィネガン徹夜祭』 ジェイムズ・ジョイス 鈴木幸夫・野中涼・紺野耕一・藤井かよ 永坂田津子・柳瀬尚紀 訳 都市出版社 1971年12月25日初版 発行者 矢牧一宏 装幀 堀内誠一 印刷 笠尾印刷株式会社 製本 今泉誠文社 |
数多の版元を渡り歩いた出版バカ一代矢牧一宏の都市出版社時代 の刊行物。天下の奇書『フィネガンズ・ウェイク』の抄訳。 函のデザインが洒落てるなあと思ったら、堀内誠一の手に よるものでした。読むというよりは置いておく本です。 帯あり sold |
『アラゴン詩集』 ルイ・アラゴン 大島博光 訳編 飯塚書店 1971年10月1日 発行者 飯塚広 印刷所 赤城印刷株式会社 函から出してまたしまうという動作を際限なく繰り返したくなる デザインの世界現代詩集シリーズ。 sold |
『午後の窓』 加倉井秋を 琅玕洞 1955年5月15日 刊行者 楠本憲吉 發售所 若葉社 頒價三百五十圓 函と本体の背のカチッとした作りがブツとしての フェティシズムを誘発せずにはおかない琅玕洞の句集。 加倉井秋をは富安風生に師事、建築家でもあります。 飛んでゐるときは初雀と思はず どう置いても榮螺の殻は安定す といった句をつくる人です。 函背少痛み 殿村菟絲子宛謹呈署名 2,500円 |
『秩序 7』 文学グループ秩序 1960年7月1日 編集人 小桧山俊 発行人 深尾学 発売所 ユリイカ |
篠田一士、菅野昭正、川村二郎、丸谷才一によって 創刊された季刊の文芸同人雑誌。号が進むにしたがい、 発売所が白林社、ユリイカ、思潮社と変わっていき、 苦労の跡を思わせます。 |
後に書肆ユリイカより駒井哲郎の銅版画と組み合わされて 刊行された37部限定の詩画集『からんどりえ』の いわば初出掲載が『秩序』7号でした。『からんどりえ』は 状態によりけりですが、古書価は100万ぐらいでしょうか。 頁破れ線引き箇所あり sold |
『草の葉 Ⅰ・Ⅱ』 ウオールト・ホヰットマン 富田碎花 譯 大鐙閣 1巻1919年7月1日再版 2巻1920年12月20日初版 發行者 久世勇三 印刷者 英文社 新井修平 |
天金で前小口と地はアンカット仕様。 ブツ感が漲っていてかっこいいです。 富田碎花は民衆詩を唱導した人。金子光晴にも 影響を与えています。 |
100年近く前の本ですが、紙のヤケはありません。 1巻の途中までは写真のような書込み多数。いわゆる 痕跡本としての価値を見出してください。 書込み、2巻函少痛み sold |
『如是説法ツァラトゥストラー』 フリードリヒ・ニーチェ 登張竹風 譯 山本書店 1943年9月1日8版 装幀 青山二郎 刊行者 山本武夫 印刷者 北川武乃輔 印刷所 細川活版所 |
小林秀雄が青山二郎の装幀した本について本人に 「お前の本は並べておくと汚くてしかたねえ」と 言ったそうな。たしかにそう言いたくなるほどの 存在感に満ちています。 カバー貼付け 背痛み 蔵書印 sold |
『魚歌』 齋藤史 ぐろりあ・そさえて 1941年7月1日3版 發行者 伊藤長藏 装幀 棟方志功 印刷者 山田三郎太 印刷所 凸版印刷株式會社 |
齋藤史の伝説の第一歌集『魚歌』です! 白い手紙がとどいて明日は春となるうすい がらすも磨いて待たう 新しい時代の新しい歌のはじまりを告げる歌集。 蔵書印 7,000円 |
といった取り留めのない紹介でしたが、何か気になるものがございましたら、お気軽にお問い合わせください。もちろん実物をご覧においでいただけるのであれば、なにより嬉しいことです。お待ちしております。
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