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2019年8月15日木曜日

バーニング・ヘル 灼熱列島24時!〜後篇〜

 石塔寺への再訪を果たしたことだし、あとはもう余生のように過ごしてもいい夏休みでしたが、その日の晩ご飯に入った店があまりにも素晴らしく、というか凄まじく、自分にとっての本当の夏はまだ始まってさえいないと思い知らされたのでした。その店は宿にほど近い場所にあり、精肉屋と食堂を掛け持ちで営業しています。  
 佇まいを見るや、ここはいわゆる不言様(おいわずさま)であり、禁忌の対象であって、写真を撮ることはおろか、来たことさえ他言してはならない場所なのではと勝手に思い込み怯んでしまいました。なので、一枚も写真は撮っておらず。「かね安」で検索すれば、いくらでも食レポが上がっているので、実際にはオープンマインドな店なのですが、入口を見つけた瞬間の衝撃は、石塔寺の三重塔を目にした時に匹敵します。近江という土地の奥深さを垣間見た気がしました。牛ステーキ13,000円、牛すき定食7,500円、鍋焼きうどん900円、やきそば850円というメニューのリゾーム的な多様さに目を見張りつつ、近江牛雌牛を使用してるという焼肉丼を注文(1,200円)。もちろん切り落とし肉ですが、そこらで食べることは叶わないだろう味でした。
 夢のような一夜が明け、この日も出かけます。なにせ夏は始まったばかりだから。バスで堀切という漁港まで行って、そこからフェリーと渡し船の中間ぐらいの規模の船に乗って沖島まで。琵琶湖に4つある島のひとつで、日本で唯一の淡水湖の有人島だそうです。近年は岩合光昭さんの写真で猫の島として有名なようですが、暑さのせいか港に着いても姿はまったく見かけず。猫はあとで探すとして、まずは知らない場所に来たら、全貌を見渡せる高いところに上りたくなるものです。奥津嶋神社(おきつしまじんじゃ)という高台にある神社に向かいました。

観光の島ではなくあくまで生活の場なので、
見慣れた感じに俗化されていません。   

島民の方々は夜の漁から戻ってお昼寝タイムの
可能性もあるので静かに。でも魚の煮付けみたいな
いい匂いが路地に漂ってましたよ。     

神社の境内から望む。


再びの路地。

三輪車は生活の必須アイテムらしいです。

鳶が。

島内の火災の際は、この消防艇が湖水を汲み上げて
消火にあたるそうです。            

時おり突堤の切れ目があって、湖に降りられるように
なってます。                  

 集落は島の南西部に集中していて、観光といってもその辺りの湖岸沿いを歩くだけなんですが、琵琶湖での暮らしが形づくった風景は見ていて飽きません。いつまでも居られそうな雰囲気ですが、船の時間もあるし、すでに気温の上昇が限界値を突破しそうな勢いなので、キリのいいところで港に戻らなければなりません。ふいに視界の開けたところに出たと思ったら、小学校の校庭でした。そこでようやく猫に遭遇。やはり暑さによるものか、人間になんかかまってられないと言わんばかりの雑な対応でした。

穏やかな湖面。



岩合っぽさは出せず。

 もはやHPが0になりかけてるので、漁港会館へ避難。そこで帰りの船の到着を待ちます。キンキンの氷でもなく、ガッツリ系のクリーミーなのでもない、やさしい味のアイスが食べたいなーと思っていたら、ちょうど「やさしいアイス」という名のアイスが売ってました。さつまいもが入ったちょっとシャリッとしたバニラアイスです。



島特産のさつまいもを使ったアイスをプロデュースしたのは
沖島小学校の生徒たちだそうです。洒落たイラストも生徒の
手になるもの。完成度が高いです。           

プシャーっと白波を立てながら本土へ帰還。

 さて、バスにて再び近江八幡駅へ、そこから京都へ出ようという手はずなんですが、ちょっとネットをのぞいてみたら、本日の京都は39℃とかいうニュースが目に入ってしまいました。39℃というと、長野の白骨温泉と同じぐらいの温度ですね。白骨の湯であれば、呼吸疾患や慢性疲労や美肌に効能がありますが、外気温の39℃なんて、むしろあらゆる病を誘発するおそれがありそうです。それでも、飛び込んで虎児を得るぞ!というヤケクソ気分を駆り立てられてしまうあたりが京都の魔法なのでしょう。降り立った時点での京都の気温は37℃で、想像していたよりは涼しいなと思ったのですが、それも魔法に誑かされていたのかもしれません。
 宿にチェックインして、昼寝でHPを回復させてから四条の髙島屋のレストランで夜食。東洋亭でチーズハンバーグを黙々と食す。次の日はちょっと早めに起きて、話題の骨董市、岡崎公園の平安蚤の市に行かなければなりません。

いい場所です。いつの日にか出てみたいものです。

  初めての平安蚤の市。清らかな雰囲気が漂い、朝からの暑さを微塵も感じさせません。というのはウソで、容赦なく降り注ぐ直射で危ないところでした。お蔭で写真も撮れずじまい。加えて大江戸骨董市が休みで蚤の市勘が鈍ってるのか、物を選ぶ眼もうまく作動しない感じです。二周三周とあてどもなく彷徨っているうちに、体の中で何かが確実に失われていくのが分かったので離脱。同業の皆様、大変お疲れ様でした。
 寄りたいギャラリーがあるので、中継点の二条へ。ここで行ってみたい店リストの記憶を大脳皮質から呼び覚ましたところ、たしか二条に素敵な中華料理屋があることを思い出しました。四川料理の「大鵬」。素晴らしい店でした。名物のてりどんきんし。中華シブヤで言うところのニラ玉でしょうか。シブヤなき後の通い詰めるべき店として俄然上位にランクされますが、いかんせん遠い。八丁堀から二条まで3時間、交通費も1万3千円ぐらい。何かの折に接近することがあれば、忘れずに寄りたい店です。

てりどんきんし 950円 スープ付

地下鉄二条駅の3番出口から徒歩1分

 逆光と同じビルの4階で、以前に「うつわノート八丁堀店」の店長をしていた武秀律さんが京都の北の方、鷹峯で今年の3月に「トノト/tonoto」というギャラリーをOPENさせました。で、ちょっとご挨拶、というよりはあわよくば彼の感覚を盗むつもりで出向くという次第です。二条からだと最寄りの土天井町のバス停まで一本で行くバスが出てるので、大鵬→トノトの流れはこれからのオルタナティブな京都巡りの定番コースになるはずです。
 トノトはバス停を降りてすぐ、住宅街の一画にあります。住宅街の中に潜む、というよりは、そもそも住居をリノベーションしてるので、元から住宅として存在していた物件ですが、その生活空間に付随していた要素を引きに引きまくってギャラリーにしました。企業がマーケティングの結果を得てつくる、記号の寄せ集めのような凸凹の無い空間とは違って、静謐でミニマルなようでありながらノイズに満ちた場所です。床の間を正面にして左右が庭になってるので、部屋が自然光で満たされて、それが天然の照明になっています。奥行のある空間に置かれた物の線と陰が交錯する光景は、全くもって羨ましいかぎりです。



都心ではどう背伸びしても得ることのできない空間。



 
 土天井から千本今出川に出てちょっと西に歩いた場所にある、リスペクト措く能わざる骨董屋さんをお邪魔してから帰路につきました。京都駅は相変わらず魔的なものが渦巻いてる感じなので、取り込まれないように早々に離れた方がいいのですが、帰りの電車まで少し間があるため、伊勢丹の地下へ市価調査に赴くことにしました。ここは駅構内以上に何かが渦巻いている場所です。おやつを求めて徘徊していると、噂に聞いていた井村屋の高級版「和涼菓堂」を発見。あずきバーのラグジュアリーバージョン(432円)を食べてみました。通常のあずきバーのモース硬度が7だとすると、これは4ぐらいでしょうか。人間の歯でも噛み砕くことができます。


写真は苺。他に豆抹茶、柚子、栗と抹茶があり。
小豆は北海道産の大納言小豆を使用。     

 終始暑さと戦っていた旅でしたが、知らない土地に身を置くのはやっぱり楽しいものです。自分がひとまわり大きくなった気がするのに、戻ってくると何も変わってないことを改めて思い知るという落差も旅の醍醐味です。かつて例を見ないほどの夏枯れですが、暦の上ではすでに秋。商いも少しずつ活気づいてくることを期待しつつ、秋からもよろしくお願い致します。







 

2019年8月13日火曜日

バーニング・ヘル 灼熱列島24時!〜前篇〜

 人類を滅ぼさんとする何者かの邪悪な意志さえ感じる苛烈な暑さが、かえって旅情をそそるので、思い立って滋賀に行ってきました。4年前に坂本で開かれた交換会の後に連れて行ってもらった石塔寺の三重の石塔をもう一度見たくなったのでした。4年前は車を出してもらって、そこにくっついていただけなので楽でしたが、今回自分で計画を立ててみたら、電車とバスがうまく連絡しないので困り果てました。京都から近江八幡を経てたどり着いた桜川という駅が最寄りなのですが、徒歩で35分ほどかかるようで、炎天下の知らない土地をそんなに歩いたら死ぬかもしれないと思い、ちょっと腰が引けてしまいました。すると、やけに小さなバスがやって来て駅前に止まりました。いやに覇気を欠いた運転手の男性に聞くと、寺に行くのであれば石塔口というバス停で降りればいいとのこと。迷わず乗り込んでホッとしたのも束の間で、降りた先からはさらに15分ぐらい歩かなければならないようです。駅と寺の中間あたりの、進むも退くもままならないような場所に降ろされ、直射を避ける日陰の無い道を途方に暮れながら石塔寺の方に歩いていきました。
 青々と向こうに続く稲穂と草の匂いは、子供の頃のいつかの夏休みの記憶につながり、それがさらに頼りない気持ちを増幅させて、白昼夢をさまよっている気分にさせます。凍らせて持ってきたペットボトルを頸動脈や腋の下に当てて、体温の上昇に気をつけながら、それでも汗だくになって石塔寺にたどり着きました。空まで続くような石段を見たら、あいまいだった4年前の記憶の焦点がぴったりと合った感じになりました。




空のように青い車輛。近江鉄道八日市線。

硬券というやつですね。久しぶりに見ました。


桜川駅。絵に描いたような無人駅です。



途方に暮れる系の風景。

天国への階段のような158段あるという石段。
ジミー・ペイジとロバート・プラントはここに
来たことがあるのだろうか。        


 階段を上った先には、7世紀の後半頃に造られたと言われる三重の石塔があります。材は硬い花崗岩でありながら、ふっくらと緩やかな屋根の形がはんぺんのような軟らかさを思わせる特異な形状は、見飽きることがありません。あきらかに半島由来の造型物が、近江の地にぽつんと点として屹立してることに驚きます。そのまわりを無数の五輪塔がぐるりと取り囲んでいる様や、石仏群が奥へと続いて彼方に消失点を結んでいるのは怖いようでもあります。拝観者は他に誰もいませんでした。

初層の軸石が二つ合わさっているところが、
得も言われぬかっこよさです。      

頭頂部の相輪は後補ですね。

韓国扶余で見た定林寺址の五重石塔。

どれか一個くらい・・と良からぬ思いを抱かせる光景。






 再訪はいつになるのか、網膜に焼きつけるように石塔を視界に収め、名残を惜しみつつ石段を降りました。で、降りてから重文指定されてる宝塔と五輪塔を見忘れていたことに気づきました。だいぶ体力は削られていましたが、まあいいかと言って帰るわけにもいかず、取って返して重い足を引き摺るように石段を上っていきました。そびえ立つ石塔。こんなにも早く再訪を果たすとは。宝塔と五輪塔はやっぱり見てよかったと思いました。特に五輪塔は、紀年の分かるものが横並びになっているので、石造美術の編年を窺い知るには絶好の実例です。

左が嘉元二年(1304年)、右が貞和五年(1349年)。
鎌倉時代後期から南北朝時代に入る半世紀足らずの
期間でも造形感覚の変遷が見て取れます。
左の方が重心が低く量感があります。

宝塔は正安四年(1302年)のもの。

 気も済んだことだし、気温も35℃になろうとしてるし、贅沢ながらここはタクシーを呼びつけようと、駅で控えておいたタクシー会社に電話してみたところ、「全部出払ってます。手配できません。」という取りつく島のない返答。まさかこの局面で駅まで徒歩での帰還を余儀なくされるとは想定外です。というか、はじめから何の想定もしてないので内も外もないのですが。
 マスターキートンの何話目だったか、丸腰で砂漠に置いてけぼりにされた状況から、サバイバル技術を駆使して生還する話がありましたが、近江の地で図らずもキートン気分に浸ることになりました。しがない古物商は世を忍ぶ仮の姿で、実は特殊空挺部隊の伝説的マスターであるという設定を己に課し、行きのバスの窓から見えたローソンに着くまで残り少なくなったペットボトルで生き延びなければなりません。田んぼ越しにローソンの青い看板が遠目に見えているので、行き倒れることはないと分かっていながら、眩しすぎる太陽の下では何が起こるか分かりません。とか言いながら、あっさりローソンに到着。危ないところでした。ここで気を抜いて冷たい強炭酸水をガブ飲みしてしまうと、かえって体調を悪くします。焦らずにからあげクンで塩分補給。同じ状況下であればキートンもそうしたに違いありません。炎天下の東近江で食べるからあげクンがいちばん美味い。これは過たず的を射た真理です。
 往年のド・キャステラのように元気になったので、宿を取ってある近江八幡まで走っていけそうでしたが、タイミングよくバスが来たので無理をせず乗り込みました。知らない土地で乗るバスは、詩情を湛えていていいものです。

これほどまでにローソンの存在を有り難く感じたことが
かつてあってだろうか。いや、ない。         


遠目には駄菓子屋のようにも見える桜川の駅舎。



 降り立った近江八幡駅はすでに37℃に達していました。外気温が人間の微熱と同じとはどういうことなのでしょうか。あきらかに違うステージに突入していることを、顔面を灼きつける放射熱によって否応なしに知らされます。そんな微熱 MY LOVE的状況ながら、ラーメン食ってチェックインして間を置かずにバスで日牟礼八幡宮まで。さすが近江八幡、境内に「たねや」の茶屋があるんですね◎ 甘味と冷気を求めてガットゥーゾばりのスライディングで滑り込みました。

黒蜜きな粉のかき氷。

つぶら餅。

八幡堀。 
八丁堀辺りも昔は水路の町でした。

 奥に行くと八幡山に上るロープウェイがあります。子供の頃からロープウェイとモノレールを見ると乗らずにはいられないので、ここで例外をつくるわけにはいきません。



八幡山から望む琵琶湖。

龍神ぽい雲。

痩せた仔猫。

 という感じで前篇は終わりです。後篇はそのうち。旅情を削ぐような暑さとの戦いでしたが、それでも遠くに出かけるのは楽しいですね。お店はお盆も営業しているので、避暑のつもりでお立ち寄りください。何はともあれ、皆さまくれぐれもご自愛のほど。