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2019年12月2日月曜日

新しい地図

 国立市のGallery Yukihiraで写真家・岡田将(おかだすすむ)さんの個展『Neo Atlas』が始まりました。一昨年の初冬に当店で開催した写真展の松井寛泰さんを紹介してくれたのが岡田さんでして、言うなれば、彼は縁結びのキューピッドです。そんなキューピッドフォトグラファー岡田将がここ数年のモチーフとしていて、今展のアイコンにもなっているのが砂粒です。砂粒ひとつを光学顕微鏡にくっつけたカメラで撮るわけですが、ただ撮っても顕微鏡の精度が高すぎて一部にしかピントが合わないので、箇所をずらしながら200枚ほど撮って、ピントが合った部分を抽出合成して対象全体に焦点が合ってるように見せているそうです。ということを聞いても、実際にやったことがないので、へえーすごいねと言うしかありません。工芸的な手数の多さを知って、画面の明快さを目にすれば、誰もが「へえーすごい」と言ってしまう。そういう力強さを持った作品です。
 今展ではもうひとつ、荒川の水面の塵を撮った写真が砂写真の対面に並んでいるのですが、これが砂の明快さ・力強さ・必然性といった要素と対比を成していて、とてもいいのです。ちょっと見ると、天体望遠鏡にカメラをくっつけて撮った星雲の写真だと思ってしまいます。そんな宇宙っぽい画面の素材が実は荒川だという事実が、砂の写真がどこかの惑星のように見えなくもないことと共鳴していて、展示タイトルにある"Atlas"に見事に響いていると思いました。
 その対比は作品の価格にも表れていて、価格設定も表現だと考えるならば、作家はかなり大胆なことに挑んだと言えそうです。ぜひ現場に足を運んで実際にプライスを見てください。
 場所は国立駅南口より徒歩8分。12.15(日)まで。12時-19時。月・火曜休廊。時間があるなら反対方向の台形に寄るべきですし、寄った以上は言わずもがなのことですが、プリンを食べなければいけません。


きれいな絵面してるだろ。ウソみたいだろ。
砂粒なんだぜ。それで。と誰もが言わずに 
いられない驚愕を齎す写真。       




宇宙、荒川、塵、水面・・多層的な詩句のような画面。




2019年11月12日火曜日

Because I sang too much a humming

 古物業界において唯一無二の存在感を放つ世界さんの個展『鼻歌をうたいすぎたので』を好評開催中です。戦前〜戦後の、おもに子供たちの手になる図画や日記や手習いの膨大な集積は、かつて過去として在り、今も現在となって現れてくる歴史の生きた断片です。
 これだけの物量を集め得る世界さんとはどのような人なのか。知らなければ、どこか南方熊楠じみた狂気を帯びた人物を想像するかもしれませんが、本人は平身低頭の至って謙虚な人柄の持ち主で、イメージの乖離によって発生する立ちくらみや喉の痛みといった身体的反応を風邪の諸症状と勘違いし、病院に行ってみたものの、医者からやたらと薬を処方されて、おくすり手帳の頁が埋まってしまった・・世界さんとは、まさにそんな感じの人です。と言えば分かりやすいでしょうか。分かりにくいです。というわけで、週末には再び世界さんに在店していただく予定ですので、二度目三度目の方もぜひ。
 会期も折り返し。お蔭様で並べていた品の量もだいぶ減って、ここに来てようやく全貌が見えてきたといった感もあります。ゆえに、むしろこれから本番が始まるのだと言っても過言ではありません。二度三度、四度五度のご来店をお待ちしております。
17日(日)まで。12時-19時 会期中無休











2019年11月6日水曜日

世界とは起きている事すべてのことである

 あたかも地下に潜行するかのごとく、ただいま店を閉めて『鼻歌をうたいすぎたので』の準備をしている最中です。この展示では、”世界”の屋号で活躍する岩佐さんの蒐めるもののうち、戦前〜戦後の子どもたちが残した絵日記や図画工作や落書きなどをおもにご紹介、販売いたします。膨大な量を前にして陳列作業も腰が引け気味ですが、それでもこれらは世界さんが買い集めているもののごく一部です。そこには何年何組誰々と署名があるものが多く、屋号の抽象性とは反対に、痕跡をいまだ生き生きと感じ取れるような個別性に満ちたものばかりです。これほどの量を持っているなら、この手のものは何でも買うのかと言えば決してそうではなく、独特の目利きによって選別が成されていることは世界さんのファンであれば皆知っています。あらゆる手段を駆使して骨董市に一番乗りしたとしても、すでに世界さんはやって来ていて、ひと仕事終えています。その姿をたいていの同業者は目撃しています。静かに佇みながら、仄かに何かが狂っている唯一無二の古物商の単独の展示即売会。11.8(金)-17(日) 12時-19時 会期中無休
会期も少し長めに設けました。どうぞこの機会をお見逃しなきよう、ご来店を切にお待ち申し上げております。世界さんの在店は今のところ8(金)、9(土)、10(日)です。


子どもの絵を今風にアール・ブリュットっぽく
切り取らないところに世界さんの批評眼が光っていると
思っています。               

モダニズム的な手仕事。

絵の縁が痛んで、あたかも二月堂の焼経のようです。

世界さんといえば小さき物の巨匠ですが、これは
前代未聞の大きさ。反故になった答案用紙を繋いで
柿渋で染めたもの。広げたら逆光の店内がほぼ埋まりました。
写真ではよく分からず。鳥取砂丘みたいです。

鳩。いい絵です。

よく見つけてくるなーと感心するものばかりです。

2019年10月19日土曜日

それなら奈良ならではの

 最近ちょっと縁がある奈良での仕事のあと、お世話になっている方の車に同乗させてもらって、まほろばツアーに行ってきました。通いはじめの頃は経費を浮かそうと高速バスを使うも、どこも開いてない朝の6時にJR奈良駅前に放り出されて途方に暮れたのも、今となってはいい思い出です。というのはウソで、地の利のない寒空の下になす術も無く棒立ちでスタバの開店を待っていたのは、癒えることのない心の傷です。というのもウソで、伸びやかに広がる奈良の地は、馴染みのない自分をも優しく迎えてくれているように思えました。と、そんなふうにウソを重ねることしかできない自分にも、奈良はいつだって心を開いてくれる・・。
 みたいなことを思い返しながら、まず向かったのはコスモス寺で知られる般若寺。いろんな案内で見かける通り、ほんとにコスモスがモスモス咲いていて、心が浮き立ちます。この日は霧雨が降ったり止んだりで、風景が雨露に霞んでいるのも情感をいっそう際立たせていました。そびえ立つ十三重石宝塔も、威容を誇るというよりは、目に柔らかく馴染んできます。境内の手入れが隅々まで行き届いているのではなくて、適度に破れ寺のような雰囲気が漂っているあたりも非常に好み。京都の寺社に比して、いぶし銀の艶を放っているように感じます。いぶし銀と言えば木戸修ですが、ピンフォール率の極めて高いキドクラッチのごとく、捕まったら逃げられない魅力がたしかに奈良にはあるのです。

あなたの優しさが沁みてくるような穏やかな光景 
十三重石宝塔。昭和39年の大修理の際に塔内から
多数の納入宝物が発見されたとの由。高さ14.2m。 
笠塔婆と呼ばれる形式の石塔としては日本最古の
作例。建長元年(1261)建立。        
  花崗岩製で高さは4.46mと4.76m。        
この時期は本堂裏手で白鳳秘仏を公開中です。200円払って番小屋みたいな建物(宝蔵堂)に入って見るのですが、並んでいるものはだいたいどれも欲しいです。水晶の小さな五輪塔が横並びになってるのを見た日には、陳列ケースのガラスを拳でぶち破りたくなる誘惑に駆られました。そんな激情を抑えつつ、次は浄瑠璃寺へ。場所は木津川市なので住所こそ京都府ですが、場に漲る空気はほぼ奈良です。そして境内へ至る参道の売店付近には小さな猫たちが!さらに目を遣れば、饅頭のごとくに連なった猫たち・・。なるほど、ここはたしかに仏教が説くところの、清く澄んだ瑠璃の世界なのかもしれません。
 中に入れば、浮き島を隔てて彼岸と此岸を分つという池と本堂と三重塔が、一気に視界に飛び込んでくる、異界へと誘う伽藍の布置。本堂にはもちろん、あの国宝九体阿弥陀如来像が祀られていますが、うち二体は修繕の最中なので、現在は七体です。入れ替わりで修繕していくので、九体揃い踏みは2023年頃になるようです。網膜に焼き付けんばかりに見てしまったのが、如来さんたちを安置する台座である須弥壇です。鎌倉時代の作で、目の詰まった材の木味と、そこに付けられた連珠と剣頭と巴の飾りの金味の見事さは、見てるだけでご飯がすすむと思います。

惜しげもなく仔猫が二匹。 
さらに三匹。下の潰れた猫は笑ってます。

本堂である国宝九体阿弥陀堂。手前に写り込んでいる
石灯籠も貞治五年(1366)のもので重文指定。    


国宝三重塔。治承二年(1176)に京都一条大宮より
移築。中に安置された秘仏の薬師如来像は毎月8日と
春分の日と秋分の日、1月の1・2・3日、8・9・10日の
天気のいい日に開扉。              

                   


葉に溜まった露まで甘いのでは、と思わせる風景。
最後は忍辱山円城寺。"にんにくせん"と読むんですね。中村光夫だったか、学生の頃に"にんじょく"と読んだら、「それはにんにくでしょ。あんた、帝大生のくせにそんなことも分からんのですか」と郵便配達のおじさんに小馬鹿にされたエピソードを読んだことがあります。小林秀雄訳のランボオ『地獄の季節』の詩句に出てきますね。燃え上がる忍辱の鎧を着て、という一節。にんにく。にんにく。念のため二度書いておきます。ここのお寺はなんと言っても、運慶最初期の作である大日如来坐像(国宝)が安置されていることで知られています。まあ、とにかく凄いものです。ランボオも天才なら、遡ること700年、運慶も恐るべき才に恵まれてしまった人です。

入母屋桧皮葺の楼門は応仁二年(1468)の再建。


 各種交通機関を乗り継いで廻っていたら、どれほど見ることが出来たものか知れないところを、宿にチェックインするまでに三つも寺社仏閣を堪能できました。ちゃっかり助手席なんぞに乗せていただいて、ちゃっかり人生ここに極まれりといった感じですが、お蔭様で、古くは寧楽と記したこの地の土地の力のようなものの一端を感じることができました。
 今回仕入れた品は、店に並べているのもあるし、11月2日(土)3日(日)の鎌倉古美術展に持っていくものもあります。ご覧いただけましたら幸いです。
 

2019年10月16日水曜日

11月death!全員集結!!

 世の理合が少しずつ調子外れになっているのが、生きていれば何となく分かるものですが、一人ではどうにもできないので店の窓から空を見上げたら、金木犀の匂いがようやく漂ってきました。今年はずいぶん遅かったですね。10月も中旬を過ぎたら、師走のような気忙しさを勝手に感じているのですが、11月には糧になる大事な催事が入っていて、ちょっと落ち着きを取り戻さないといけません。

 まずは11月2日(土)と3日(日)に「鎌倉古美術展2019秋」に参加いたします。場所は毎度お馴染み、と言ってもいいと思いますが、西御門サローネ。白樺派のいじられ役、稀代の遊び人、永遠の末っ子、里見弴の元自宅です。10月の下旬から「裂のほとりⅥ」〜「目白コレクション」〜「目黒コレクション」とイベントが畳み掛けるように重なって、古物好きの方々はもろもろ算段に忙しいかもしれませんが、ぜひ「鎌倉古美術展」も大脳辺縁系のどこかに記憶しておいてください。”志は高く敷居は低く”というテーゼを掲げて、出店者一同お待ち申し上げております。

 そして次の週、11月8日(金)-17日(日)には伝説の古物商・世界さんの個展「鼻歌をうたいすぎたので」が弊店にて開催されます。構想何年かはもう覚えてないくらいに割と前から展示の話は出ていて、いつの日にかと思っているうちに元号が変わりました。外れてしまったこの世の箍が直るぐらいの素晴らしい展示になる予感がしますが、そういうことを言うと、あまりハードルを上げないようにと世界さんから嗜められそうなので、これぐらいにしておきます。こちらの記憶も大脳皮質だか海馬だかに留めておいてください。

それでは10月後半もどうぞよろしくお願いいたします。




雪だるまでしょうか。フロイト的な意味でのタナトスを
感ぜずにはいられません。                                       
天賦の才漲る圧巻の作

2019年10月9日水曜日

鼻歌をうたいすぎたので

 この話が持ち上がってから幾星霜、喜びも悲しみも幾年月、野菊の如き君なりき、いよいよ弊店にて実現の運びとなった展示会、世界を震撼させる無類の古物商、世界さんの言わば個展となる『鼻歌をうたいすぎたので』のお知らせです。
 毒とユーモアがあって小さくてかわいいものを扱わせたら、右にも左にも出る者がいないと言われる世界さんですが、その集め得た物の中から今展では紙ものを中心に並べます。夏休みや冬休みの絵日記や図工の時間に描かれたクレヨン画、手すさびの域を超えたデッサン、丹念に拵えられた紙製のトラック、なぜ作られたのか意図を摑めない何かの残欠などを一挙陳列。かつ全てを販売いたします。かつてたしかに在った日に産み出されたものに仄かに残る手の痕跡に、きっと魅入られると思います。
 2019年11月8日(金)-17日(日) 12時-19時 会期中無休
 立冬直後、秋と冬の境の八丁堀に万障お繰り合わせの上、お一人でも、お誘い合わせの上でも、ぜひお越しくださいませ。

グーグー ピピ

谷岡ヤスジ的なムーブを描きたかったのでしょうか

明快な素描

まるでバウハウスの予備教育のような

石板がノート状になったものです

展示会が始まる頃の風景はこんな感じでしょうか

新人発掘を任された漫画編集者の気持ちで
手に取りたいものです         

2019年9月5日木曜日

煉獄ララバイ

 この夏はと云えば、梅雨がやたらと長くて雨は止まないし、明けたらむやみに暑いし、真夜中に天井から水が漏ってくるし、残暑もしつこく燻っているし、壮大な厄落としの渦中にでもいる気分です。ここはひとつ何か善き物を見て視覚情報をインプットすることで、引き寄せの法則的な何かが発動しやしないだろうかとの思惑を携えて、サントリー美術館で始まったばかりの『黄瀬戸 瀬戸黒 志野 織部--美濃の茶陶』を見てきました。
 まさしく名品オールスターの趣き。こんなもの下取りを依頼されたら、いくら用意しておけばいいんだ!とか考えてると無駄に疲れるので、素直に見て廻った方がいいと思いました。この美術館のゆったりとした空間構成と美濃古陶の瀟洒な感じが合っていて、はじめこそ優雅な気持ちに浸れるのですが、そのうち、どれか一個くれるって言われたら何を持って帰る?という一人問答が心の中でどうしても始まってしまい、意味の無い皮算用が強迫観念のごとく脳内に渦巻いて、結局無駄に疲れてしまいました。桃山茶陶のような作為を押し出してくる古物は縁遠いと思っていましたが、そろそろ勇気を出さなければいけない時が来た!と勝手に思ったのでした。
 美術館を出ると加賀麩の茶寮?があって、腹が減ったから何でもいいやと思って入ろうとしたのですが、麩なんか食べて腹いっぱいになるのかという疑問がよぎったので止めにして、隣りのリッツカールトンのレストランにでも行ってみるかと思いつつ、案内を見たら場所が45階なので、そんな高層階でものを食う身分でもないしな、と妙に謙虚な気分になったので、八丁堀に戻って「串八丁」の唐揚げ膳を食べました。お客さんに教えていただいた店で、かなり旨い部類に入ると思うのでオススメです。逆光⇄串八丁のコースを頭に入れておいてください。
 さて、すでに長月。一年はここからが早いもの。気持ちの上ではもはや師走です。もう冬ですね。ご来店をお待ちしております。



「串八丁」。名店です。
店内。何か気掛かりな物が写り込んでいたら、
お気軽にお問い合わせを。         

2019年8月15日木曜日

バーニング・ヘル 灼熱列島24時!〜後篇〜

 石塔寺への再訪を果たしたことだし、あとはもう余生のように過ごしてもいい夏休みでしたが、その日の晩ご飯に入った店があまりにも素晴らしく、というか凄まじく、自分にとっての本当の夏はまだ始まってさえいないと思い知らされたのでした。その店は宿にほど近い場所にあり、精肉屋と食堂を掛け持ちで営業しています。  
 佇まいを見るや、ここはいわゆる不言様(おいわずさま)であり、禁忌の対象であって、写真を撮ることはおろか、来たことさえ他言してはならない場所なのではと勝手に思い込み怯んでしまいました。なので、一枚も写真は撮っておらず。「かね安」で検索すれば、いくらでも食レポが上がっているので、実際にはオープンマインドな店なのですが、入口を見つけた瞬間の衝撃は、石塔寺の三重塔を目にした時に匹敵します。近江という土地の奥深さを垣間見た気がしました。牛ステーキ13,000円、牛すき定食7,500円、鍋焼きうどん900円、やきそば850円というメニューのリゾーム的な多様さに目を見張りつつ、近江牛雌牛を使用してるという焼肉丼を注文(1,200円)。もちろん切り落とし肉ですが、そこらで食べることは叶わないだろう味でした。
 夢のような一夜が明け、この日も出かけます。なにせ夏は始まったばかりだから。バスで堀切という漁港まで行って、そこからフェリーと渡し船の中間ぐらいの規模の船に乗って沖島まで。琵琶湖に4つある島のひとつで、日本で唯一の淡水湖の有人島だそうです。近年は岩合光昭さんの写真で猫の島として有名なようですが、暑さのせいか港に着いても姿はまったく見かけず。猫はあとで探すとして、まずは知らない場所に来たら、全貌を見渡せる高いところに上りたくなるものです。奥津嶋神社(おきつしまじんじゃ)という高台にある神社に向かいました。

観光の島ではなくあくまで生活の場なので、
見慣れた感じに俗化されていません。   

島民の方々は夜の漁から戻ってお昼寝タイムの
可能性もあるので静かに。でも魚の煮付けみたいな
いい匂いが路地に漂ってましたよ。     

神社の境内から望む。


再びの路地。

三輪車は生活の必須アイテムらしいです。

鳶が。

島内の火災の際は、この消防艇が湖水を汲み上げて
消火にあたるそうです。            

時おり突堤の切れ目があって、湖に降りられるように
なってます。                  

 集落は島の南西部に集中していて、観光といってもその辺りの湖岸沿いを歩くだけなんですが、琵琶湖での暮らしが形づくった風景は見ていて飽きません。いつまでも居られそうな雰囲気ですが、船の時間もあるし、すでに気温の上昇が限界値を突破しそうな勢いなので、キリのいいところで港に戻らなければなりません。ふいに視界の開けたところに出たと思ったら、小学校の校庭でした。そこでようやく猫に遭遇。やはり暑さによるものか、人間になんかかまってられないと言わんばかりの雑な対応でした。

穏やかな湖面。



岩合っぽさは出せず。

 もはやHPが0になりかけてるので、漁港会館へ避難。そこで帰りの船の到着を待ちます。キンキンの氷でもなく、ガッツリ系のクリーミーなのでもない、やさしい味のアイスが食べたいなーと思っていたら、ちょうど「やさしいアイス」という名のアイスが売ってました。さつまいもが入ったちょっとシャリッとしたバニラアイスです。



島特産のさつまいもを使ったアイスをプロデュースしたのは
沖島小学校の生徒たちだそうです。洒落たイラストも生徒の
手になるもの。完成度が高いです。           

プシャーっと白波を立てながら本土へ帰還。

 さて、バスにて再び近江八幡駅へ、そこから京都へ出ようという手はずなんですが、ちょっとネットをのぞいてみたら、本日の京都は39℃とかいうニュースが目に入ってしまいました。39℃というと、長野の白骨温泉と同じぐらいの温度ですね。白骨の湯であれば、呼吸疾患や慢性疲労や美肌に効能がありますが、外気温の39℃なんて、むしろあらゆる病を誘発するおそれがありそうです。それでも、飛び込んで虎児を得るぞ!というヤケクソ気分を駆り立てられてしまうあたりが京都の魔法なのでしょう。降り立った時点での京都の気温は37℃で、想像していたよりは涼しいなと思ったのですが、それも魔法に誑かされていたのかもしれません。
 宿にチェックインして、昼寝でHPを回復させてから四条の髙島屋のレストランで夜食。東洋亭でチーズハンバーグを黙々と食す。次の日はちょっと早めに起きて、話題の骨董市、岡崎公園の平安蚤の市に行かなければなりません。

いい場所です。いつの日にか出てみたいものです。

  初めての平安蚤の市。清らかな雰囲気が漂い、朝からの暑さを微塵も感じさせません。というのはウソで、容赦なく降り注ぐ直射で危ないところでした。お蔭で写真も撮れずじまい。加えて大江戸骨董市が休みで蚤の市勘が鈍ってるのか、物を選ぶ眼もうまく作動しない感じです。二周三周とあてどもなく彷徨っているうちに、体の中で何かが確実に失われていくのが分かったので離脱。同業の皆様、大変お疲れ様でした。
 寄りたいギャラリーがあるので、中継点の二条へ。ここで行ってみたい店リストの記憶を大脳皮質から呼び覚ましたところ、たしか二条に素敵な中華料理屋があることを思い出しました。四川料理の「大鵬」。素晴らしい店でした。名物のてりどんきんし。中華シブヤで言うところのニラ玉でしょうか。シブヤなき後の通い詰めるべき店として俄然上位にランクされますが、いかんせん遠い。八丁堀から二条まで3時間、交通費も1万3千円ぐらい。何かの折に接近することがあれば、忘れずに寄りたい店です。

てりどんきんし 950円 スープ付

地下鉄二条駅の3番出口から徒歩1分

 逆光と同じビルの4階で、以前に「うつわノート八丁堀店」の店長をしていた武秀律さんが京都の北の方、鷹峯で今年の3月に「トノト/tonoto」というギャラリーをOPENさせました。で、ちょっとご挨拶、というよりはあわよくば彼の感覚を盗むつもりで出向くという次第です。二条からだと最寄りの土天井町のバス停まで一本で行くバスが出てるので、大鵬→トノトの流れはこれからのオルタナティブな京都巡りの定番コースになるはずです。
 トノトはバス停を降りてすぐ、住宅街の一画にあります。住宅街の中に潜む、というよりは、そもそも住居をリノベーションしてるので、元から住宅として存在していた物件ですが、その生活空間に付随していた要素を引きに引きまくってギャラリーにしました。企業がマーケティングの結果を得てつくる、記号の寄せ集めのような凸凹の無い空間とは違って、静謐でミニマルなようでありながらノイズに満ちた場所です。床の間を正面にして左右が庭になってるので、部屋が自然光で満たされて、それが天然の照明になっています。奥行のある空間に置かれた物の線と陰が交錯する光景は、全くもって羨ましいかぎりです。



都心ではどう背伸びしても得ることのできない空間。



 
 土天井から千本今出川に出てちょっと西に歩いた場所にある、リスペクト措く能わざる骨董屋さんをお邪魔してから帰路につきました。京都駅は相変わらず魔的なものが渦巻いてる感じなので、取り込まれないように早々に離れた方がいいのですが、帰りの電車まで少し間があるため、伊勢丹の地下へ市価調査に赴くことにしました。ここは駅構内以上に何かが渦巻いている場所です。おやつを求めて徘徊していると、噂に聞いていた井村屋の高級版「和涼菓堂」を発見。あずきバーのラグジュアリーバージョン(432円)を食べてみました。通常のあずきバーのモース硬度が7だとすると、これは4ぐらいでしょうか。人間の歯でも噛み砕くことができます。


写真は苺。他に豆抹茶、柚子、栗と抹茶があり。
小豆は北海道産の大納言小豆を使用。     

 終始暑さと戦っていた旅でしたが、知らない土地に身を置くのはやっぱり楽しいものです。自分がひとまわり大きくなった気がするのに、戻ってくると何も変わってないことを改めて思い知るという落差も旅の醍醐味です。かつて例を見ないほどの夏枯れですが、暦の上ではすでに秋。商いも少しずつ活気づいてくることを期待しつつ、秋からもよろしくお願い致します。