ページ

2018年6月22日金曜日

待った蔵開く

 東京国立近代美術館ではじまった『ゴードン・マッタ=クラーク展』を見に行ってきました。作家が存命であれば75歳の誕生日であったという日に、図らずもアジア初の回顧展を目にしたわけです。素晴らしい展示だったので、何度か通わなければならないと心に決めたのですが、その思いを見透かしたかのようなリピーター割引制度が本展にはあります。2回目以降は半券提示で500円だそうです(最初は1,200円)。会期は9/17(月・祝)までと長いので、あと5〜6回は行けそうな気がします。通い詰めて美術館の空間にだんだんと体を馴染ませて、ちょっと見飽きたぐらいになった頃に何かが浮かんでくるような展示だと思いました。
 ゴードン・マッタ=クラークといえば「ビルディング・カット」シリーズ。石川五エ門が斬鉄剣でぶった斬ったような絵面のインパクトが凄いんですが、現物が残っているわけもなく、映像やドローイングを見るだけじゃ物足りないだろうなーと思ってました。が、展示空間の素晴らしき作り込みによって、二次的・付随的な資料が作品そのものとなって立ち上がってくるようでした。とにかくおもしろいので、皆さんぜひ見に行ってください。そしてその後は最寄りの竹橋から東西線で一本、茅場町で下りて、MAREBITOに寄ってから宮川で唐揚げ定食を食べて逆光に寄り、新富町に抜けてさんのはちに行くという、黄金のコースで都市空間を満喫してください。
 マッタ=クラークは料理を通してのコミュニティの形成ということにも興味を持っていて、仲間内で「FOOD」というレストランを経営していました。貧乏なアーティストに旨いものを食わせたり、そこで働いてもらったりする、食べ物をパフォーマティブなアートの一環として捉えた先駆でもあります。彼の創作は作品が作品なだけに、アトリエでの孤独な営為にはならずに、いつもどこかで集まって何かやってるという印象です。「合同、まったく楽」と思っていたのでしょうか。


会場内、一部を除いて撮影可です
ぜひ実地に足をお運びください

映像作品『フレッシュキル』
マッタ=クラークの運転するトラックがとつぜん
ブルドーザーと衝突、その後スクラップされ埋められる
モンテ・ヘルマンの映画みたいでとてもカッコいい

いま当店にあるゴードン・マッタ=クラークっぽい商品です
笠石ののった石龕仏 花崗岩なので重いです 室町後期ぐらい
でしょうか                                                                 

2018年6月12日火曜日

光と影、炒飯と焼売

 横浜中華街「1010美術」で開催中の『松井寛泰 展』に行ってきました。JR石川町駅の北口を出ると、左手にすぐ西陽門という大きな門が見えますが、ここはまだ中華街ではなく、道なりに歩いて首都高の下をくぐってぶつかった交差点に聳える門が延平門で、これが中華街の西側を守る牌楼です。門柱の上に白虎が象られています。そこから真っ直ぐ二区画目、左手に見える帽子屋さんの脇を入ってエレベーターで3Fへ行ってください。小さくて白くてきれいなギャラリーが1010美術です。昨年の11月に弊店で催した松井さんの展示をオーナーの倉科さんが見にきてくださり、今回の展示会へとつながりました。

 さて早く着きすぎたので、せっかくの中華街、何か旨いものでも喰わなくては、と思うものの、選択肢が多すぎて選べないのは毎度のこと。決定回避の法則と云うそうですね。で、結局は江戸清あたりの豚まんを歩き食いしてお茶を濁すという。なので今回は不本意ながらサイトで下調べしておきました。そして候補に挙ったのが池波正太郎もエッセイに紹介したという清風楼です。困ったときの正太郎頼みもいかがなものかと思いつつ、結局そこに決定。ギャラリーからも近いので、中華街を無駄に歩き廻らずに済みます。飾り気の無いさっぱりとした店構え。さっぱりしすぎて営業してないのかと思ったぐらいです。注文は迷わずチャーハンとシウマイ。寸分違わず旨い、チャーハン界のグリニッジ天文台といった感じです。迷った時にはおすすめです。

 そして松井さんの展示です。今回は弊店で展示した「Labyrinth」シリーズからのチョイスに加えて新作「Single Slit Experiment」2点を見ることができます。「Labyrinth」もウチでは並べなかった作品が何点か掛かっています。新作はレンズの代わりにスリットを入れたキャップみたいのを取り付けて風景を撮るシリーズ。実景が縦長に伸びて、具象と抽象の分岐点みたいな図像に映ります。「Labyrinth」がスタジオ撮影だとすれば、新作はロケーションハンティング。外での撮影なので、絵面は偶然に左右されるところが大きくなりますが、ノイズの作用と超絶技巧によるプリントの美しさの拮抗が、とんでもなくカッコいい作品です。6/17(日)まで。水曜は休廊。11:30〜18:30。松井さんの在廊は土日です。聞けば、包み隠さず何でも教えてくれます。雲の上の存在になる前にぜひ。


フリッツ・ラングやムルナウのスチール写真のような
幻想性と確固たる技術の融合           

中華街の西に鎮座する白虎の門


よもやこんな場所にギャラリーが!?と思ってしまいますが

東京タワーの売店とか仲見世商店街を彷彿とさせます

勇気を出して奥へ

清風楼です ミニマルな店構え

溢れんばかり、というかすでに溢れているチャーハン

シウマイです 濃厚です




引き合いが増えてこれから忙しくなっていくようです



2018年6月5日火曜日

再び逢うまでの遠い約束

 知らずにいることが罪になる場合だってあると知ったあの日・・。ゆで太郎には実は運営会社が二つあって、創業直営の「信越食品」とフランチャイズの「ゆで太郎システム」が存在するというのです。八丁堀店の撤退後、旨い蕎麦を求めて他のチェーン店系列を廻ってはみたものの、雛鳥の刷り込みのごとくゆで太郎の蕎麦の味に馴らされた自分には、どれも満足いくものではありませんでした。ある日我慢の限界が来て、ゆで太郎の店舗一覧を調べてみると、日本橋のほど近いところに一軒あるではないですか。光速移動で店の前まで行くも、なにか自分の知ってるゆで太郎と雰囲気が違います。券売機のメニューがいやに豊富だし、店内もドラッグストアのように明るい。これで蕎麦の味が違ったら、これはもはやゆで太郎ではないのではないか。果たして蕎麦はまったくの別物でありました。一体どういうことなのか。これはこれで尊重されるべき味ではありますが、雛鳥の刷り込みのごとくゆで太郎の蕎麦の味に馴らされた自分には、満足いくものではありませんでした。と、同じことを二度言いました。
 で、調べた結果得た答えが上記の事情でして、運営会社が二つあるというわけだったのです。調べたと言ったって、ホームページを見ればその経緯が大きく載ってるので、機密事項でもなんでもありませんが。八丁堀店は信越系で、日本橋店はシステム系なのです。そんなことも知らずに、味の違いを世の移ろいのせいだと勝手に儚んでいたのでした。この無知は無垢ではなく、あえて知ろうとせずにいた怠惰の罪なのかもしれません。もはや七つの大罪のひとつです。
 というわけで、店舗検索で信越食品系統を調べてみると、新川に一軒ありました。八丁堀から南東に進路を切って、葉山マリーナみたいな感じの橋を渡るとすぐです。懐かしのメニュー。狭い間口。調理場には八丁堀店にたまにヘルプで来ていたオバチャンの顔も。ピクシーズのキム・ディールみたいな。季節のメニュー、冷豚天おろし(税込520円)を注文しました。変わらぬ味。ゆで太郎のある惑星(ほし)に生まれたことを実感しました。では、今週もどうぞよろしくお願い致します。


懐かしさというのは不思議な感情だと思いました

写真では雰囲気が出てませんが、実際にはもっとマリーナ感が
あるんです。自分以外にも写真を撮ってる人がいました   


冷豚天おろし蕎麦 豚天が三枚も

2018年6月1日金曜日

白色☆テンプテーション

 店にある李朝初期の白磁の大鉢、視界に入るたびにひとつの誘惑に駆られてしまう今日この頃。15世紀の末頃に京畿道広州の道馬里あたりで、王室や中央官庁で使うために焼かれた器です。ときおり見かける鉢よりひと回り半ぐらいは大きく、薄い挽き上げに底光りするような白。その深々とした器形を目にすると、どうしてもこれでチキンラーメンを食べたくなるのです。酒を呼ぶとか花を呼ぶとか、その器物の元来の用途とのズレを楽しむのが見立てですが、この鉢はラーメンを呼びました。



内から仄かに光りを発するかのような磁肌 
口径19.8~20.5×高さ12.4センチ 
高台径9センチ

針金のように細い金蒔き 匠の業です 

宮中の食事に関する業務全般を担う官庁である司饔院の分院に
あたる白磁燔造所がこうした磁器を焼いていたそうです   
湯を沸かして

チキンラーメンをセンターにセッティング

卵を落としました

湯を注ぎ

蓋をする
水指に見立てられてるので塗蓋が付いてます
     
三分後 いい具合

かき混ぜて完了 茶でも用意すればこれで一食分

食べ終わりました スープを飲むときの口当たりも
いいです 本来は手に持って食べる器ではありませんが

 というわけで、気が済みました。やれることはやってみた方がいいかもしれません。6/3(日)は東京国際フォーラムの大江戸骨董市に出店いたします。天気は良いようですので、梅雨入り前の古物の仕込みにぜひお出かけください。では、6月もどうぞよろしくお願い致します。