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2018年7月4日水曜日

鶏頭冠突起はおいしそう

 東京国立博物館で始まった『縄文ー1万年の美の鼓動』を観てきました。近いうちにNHKの日曜美術館で特集をするでしょうから、そうなると入場までに2年ぐらい待たされるほどの混雑が予想されます。開始早々に見ておくのが得策だと踏んで、モワッとした空気に包まれた上野の山まで行ってきました。
 国宝指定されている縄文時代の遺物6件すべての土器・土偶が出揃う(縄文のビーナス&仮面の女神の展示は7/31〜)というのが当展の呼び物ですが、概してオールスターキャストの映画が大味でおもしろくないように、これもその手だろうと舐めてかかっていたのが正直なところです。結果を言えば、トーハクの関係各位に戸別訪問で謝罪して回らなければいけないと思いました。6つの章立てのコンセプトに沿った陳列も見やすかったですし、展示ケースが壁面から離れているので、後ろにも回り込めて四方から見られるのも嬉しい作りでした。ことに国宝コーナーの展示ケースは柱状なので、グッと近くに寄って見ることで、文様を施す手跡や手取りの重さまで感じられそうでした。
 図録や資料で見た気になっていたものが実際に目の前に現れるというのは、やはりなかなか興奮するものです。人によっては物欲の嵐に揉まれて、それに耐えるだけで疲れると思います。自分は「彫刻木柱」と名づけられた能登から出た遺物2点に惹かれたのですが、かなりの大きさとおそらく重量があるので、搬出のために赤帽を依頼しておいた方がいいだろう、という程度の妄想は繰り広げました。とにかく沖縄の線刻石板とか岩手の狼形鹿角製品とか、ふだん都内近郊では見られそうもないものが出ていて胸が高鳴りまくります。
 物販コーナーの縄文グッズも充実してました。そういう変なノリはいらないぜ!という人もいると思いますが、土偶のクッションみたいのを4つも5つも買い込んだり、ピンバッチのガチャを30回くらいやってる女性もいて、すでに結構な盛り上がりを見せてました。やっぱりこの夏の必見の展示会だと思いました。で、毎度のことでしつこくなって恐縮ですが、上野から八丁堀までは日比谷線で一本です。熱中症に十分ご留意の上、逆光にもお運びくだされば幸いです。

 夏休みが始まったら人で溢れかえりそうな

開館第一弾の入場 係員に先導されながらグレイシートレインの
ように隊列を組んで入口まで向かいます          

縄文文化というのは、どこか人間の中の陽性の部分を
触発するような気がします 館内はどこかしら明るい
雰囲気でした                  

ワー

ワーワー

暑いのでひとまず甘味を 上野アトレ内の「みはし」にて
注文時にトーハクの半券提示で白玉を2個サービスして
くれます                      





2018年7月2日月曜日

緊張の夏

 垂直の熱射によって、風景はフラッシュが炸裂したまま時が止まったかのよう。早すぎる夏の到来で街が狂気を帯びはじめる中、神楽坂の路地の一画では別個の狂気が芽吹いていたのでした。一水寮101にて『骨董の起源』と題された展示が始まっています。うつわノート松本さんのプロデュースのもと、拙庵の岩橋さんとtitcoRetの牛抱さんの蒐めた物が並んでいて、見たり買ったりすることができます。
 "骨董の起源"とは大きく出たな、と思うかもしれません。が、骨董という言葉がごちゃごちゃとある古い物全般を指して云うのならば、もとよりその定義は曖昧です。二人の品物を見て、「え、これが骨董?」と世間が疑問を呈するほど、かえって価値観の共有が生むヒエラルキーの外枠を際立たせます。アウトサイドからの視点は、そのジャンルの発生当初にまで考えを遡らせるのです。
 感覚と知的好奇心を同時に揺さぶってくる展示です。この夏一番の素敵な贈りものになるかもしれません。展示を見たあとは、一水寮とほとんど背中合わせになってるこれまた素敵な喫茶店「珈琲日記」でひと休みするべきでしょう。さらにその後は東西線で茅場町まで出てきて、新川・八丁堀・新富町界隈を怖るべき七月の光に気を付けながら徘徊するのがいいと思うのです。

展示についての鼎談が行なわれた日の会場 NYの女王が来日中
竹橋のゴードン・マッタ=クラーク展と併せてぜひ

2018年6月22日金曜日

待った蔵開く

 東京国立近代美術館ではじまった『ゴードン・マッタ=クラーク展』を見に行ってきました。作家が存命であれば75歳の誕生日であったという日に、図らずもアジア初の回顧展を目にしたわけです。素晴らしい展示だったので、何度か通わなければならないと心に決めたのですが、その思いを見透かしたかのようなリピーター割引制度が本展にはあります。2回目以降は半券提示で500円だそうです(最初は1,200円)。会期は9/17(月・祝)までと長いので、あと5〜6回は行けそうな気がします。通い詰めて美術館の空間にだんだんと体を馴染ませて、ちょっと見飽きたぐらいになった頃に何かが浮かんでくるような展示だと思いました。
 ゴードン・マッタ=クラークといえば「ビルディング・カット」シリーズ。石川五エ門が斬鉄剣でぶった斬ったような絵面のインパクトが凄いんですが、現物が残っているわけもなく、映像やドローイングを見るだけじゃ物足りないだろうなーと思ってました。が、展示空間の素晴らしき作り込みによって、二次的・付随的な資料が作品そのものとなって立ち上がってくるようでした。とにかくおもしろいので、皆さんぜひ見に行ってください。そしてその後は最寄りの竹橋から東西線で一本、茅場町で下りて、MAREBITOに寄ってから宮川で唐揚げ定食を食べて逆光に寄り、新富町に抜けてさんのはちに行くという、黄金のコースで都市空間を満喫してください。
 マッタ=クラークは料理を通してのコミュニティの形成ということにも興味を持っていて、仲間内で「FOOD」というレストランを経営していました。貧乏なアーティストに旨いものを食わせたり、そこで働いてもらったりする、食べ物をパフォーマティブなアートの一環として捉えた先駆でもあります。彼の創作は作品が作品なだけに、アトリエでの孤独な営為にはならずに、いつもどこかで集まって何かやってるという印象です。「合同、まったく楽」と思っていたのでしょうか。


会場内、一部を除いて撮影可です
ぜひ実地に足をお運びください

映像作品『フレッシュキル』
マッタ=クラークの運転するトラックがとつぜん
ブルドーザーと衝突、その後スクラップされ埋められる
モンテ・ヘルマンの映画みたいでとてもカッコいい

いま当店にあるゴードン・マッタ=クラークっぽい商品です
笠石ののった石龕仏 花崗岩なので重いです 室町後期ぐらい
でしょうか                                                                 

2018年6月12日火曜日

光と影、炒飯と焼売

 横浜中華街「1010美術」で開催中の『松井寛泰 展』に行ってきました。JR石川町駅の北口を出ると、左手にすぐ西陽門という大きな門が見えますが、ここはまだ中華街ではなく、道なりに歩いて首都高の下をくぐってぶつかった交差点に聳える門が延平門で、これが中華街の西側を守る牌楼です。門柱の上に白虎が象られています。そこから真っ直ぐ二区画目、左手に見える帽子屋さんの脇を入ってエレベーターで3Fへ行ってください。小さくて白くてきれいなギャラリーが1010美術です。昨年の11月に弊店で催した松井さんの展示をオーナーの倉科さんが見にきてくださり、今回の展示会へとつながりました。

 さて早く着きすぎたので、せっかくの中華街、何か旨いものでも喰わなくては、と思うものの、選択肢が多すぎて選べないのは毎度のこと。決定回避の法則と云うそうですね。で、結局は江戸清あたりの豚まんを歩き食いしてお茶を濁すという。なので今回は不本意ながらサイトで下調べしておきました。そして候補に挙ったのが池波正太郎もエッセイに紹介したという清風楼です。困ったときの正太郎頼みもいかがなものかと思いつつ、結局そこに決定。ギャラリーからも近いので、中華街を無駄に歩き廻らずに済みます。飾り気の無いさっぱりとした店構え。さっぱりしすぎて営業してないのかと思ったぐらいです。注文は迷わずチャーハンとシウマイ。寸分違わず旨い、チャーハン界のグリニッジ天文台といった感じです。迷った時にはおすすめです。

 そして松井さんの展示です。今回は弊店で展示した「Labyrinth」シリーズからのチョイスに加えて新作「Single Slit Experiment」2点を見ることができます。「Labyrinth」もウチでは並べなかった作品が何点か掛かっています。新作はレンズの代わりにスリットを入れたキャップみたいのを取り付けて風景を撮るシリーズ。実景が縦長に伸びて、具象と抽象の分岐点みたいな図像に映ります。「Labyrinth」がスタジオ撮影だとすれば、新作はロケーションハンティング。外での撮影なので、絵面は偶然に左右されるところが大きくなりますが、ノイズの作用と超絶技巧によるプリントの美しさの拮抗が、とんでもなくカッコいい作品です。6/17(日)まで。水曜は休廊。11:30〜18:30。松井さんの在廊は土日です。聞けば、包み隠さず何でも教えてくれます。雲の上の存在になる前にぜひ。


フリッツ・ラングやムルナウのスチール写真のような
幻想性と確固たる技術の融合           

中華街の西に鎮座する白虎の門


よもやこんな場所にギャラリーが!?と思ってしまいますが

東京タワーの売店とか仲見世商店街を彷彿とさせます

勇気を出して奥へ

清風楼です ミニマルな店構え

溢れんばかり、というかすでに溢れているチャーハン

シウマイです 濃厚です




引き合いが増えてこれから忙しくなっていくようです



2018年6月5日火曜日

再び逢うまでの遠い約束

 知らずにいることが罪になる場合だってあると知ったあの日・・。ゆで太郎には実は運営会社が二つあって、創業直営の「信越食品」とフランチャイズの「ゆで太郎システム」が存在するというのです。八丁堀店の撤退後、旨い蕎麦を求めて他のチェーン店系列を廻ってはみたものの、雛鳥の刷り込みのごとくゆで太郎の蕎麦の味に馴らされた自分には、どれも満足いくものではありませんでした。ある日我慢の限界が来て、ゆで太郎の店舗一覧を調べてみると、日本橋のほど近いところに一軒あるではないですか。光速移動で店の前まで行くも、なにか自分の知ってるゆで太郎と雰囲気が違います。券売機のメニューがいやに豊富だし、店内もドラッグストアのように明るい。これで蕎麦の味が違ったら、これはもはやゆで太郎ではないのではないか。果たして蕎麦はまったくの別物でありました。一体どういうことなのか。これはこれで尊重されるべき味ではありますが、雛鳥の刷り込みのごとくゆで太郎の蕎麦の味に馴らされた自分には、満足いくものではありませんでした。と、同じことを二度言いました。
 で、調べた結果得た答えが上記の事情でして、運営会社が二つあるというわけだったのです。調べたと言ったって、ホームページを見ればその経緯が大きく載ってるので、機密事項でもなんでもありませんが。八丁堀店は信越系で、日本橋店はシステム系なのです。そんなことも知らずに、味の違いを世の移ろいのせいだと勝手に儚んでいたのでした。この無知は無垢ではなく、あえて知ろうとせずにいた怠惰の罪なのかもしれません。もはや七つの大罪のひとつです。
 というわけで、店舗検索で信越食品系統を調べてみると、新川に一軒ありました。八丁堀から南東に進路を切って、葉山マリーナみたいな感じの橋を渡るとすぐです。懐かしのメニュー。狭い間口。調理場には八丁堀店にたまにヘルプで来ていたオバチャンの顔も。ピクシーズのキム・ディールみたいな。季節のメニュー、冷豚天おろし(税込520円)を注文しました。変わらぬ味。ゆで太郎のある惑星(ほし)に生まれたことを実感しました。では、今週もどうぞよろしくお願い致します。


懐かしさというのは不思議な感情だと思いました

写真では雰囲気が出てませんが、実際にはもっとマリーナ感が
あるんです。自分以外にも写真を撮ってる人がいました   


冷豚天おろし蕎麦 豚天が三枚も

2018年6月1日金曜日

白色☆テンプテーション

 店にある李朝初期の白磁の大鉢、視界に入るたびにひとつの誘惑に駆られてしまう今日この頃。15世紀の末頃に京畿道広州の道馬里あたりで、王室や中央官庁で使うために焼かれた器です。ときおり見かける鉢よりひと回り半ぐらいは大きく、薄い挽き上げに底光りするような白。その深々とした器形を目にすると、どうしてもこれでチキンラーメンを食べたくなるのです。酒を呼ぶとか花を呼ぶとか、その器物の元来の用途とのズレを楽しむのが見立てですが、この鉢はラーメンを呼びました。



内から仄かに光りを発するかのような磁肌 
口径19.8~20.5×高さ12.4センチ 
高台径9センチ

針金のように細い金蒔き 匠の業です 

宮中の食事に関する業務全般を担う官庁である司饔院の分院に
あたる白磁燔造所がこうした磁器を焼いていたそうです   
湯を沸かして

チキンラーメンをセンターにセッティング

卵を落としました

湯を注ぎ

蓋をする
水指に見立てられてるので塗蓋が付いてます
     
三分後 いい具合

かき混ぜて完了 茶でも用意すればこれで一食分

食べ終わりました スープを飲むときの口当たりも
いいです 本来は手に持って食べる器ではありませんが

 というわけで、気が済みました。やれることはやってみた方がいいかもしれません。6/3(日)は東京国際フォーラムの大江戸骨董市に出店いたします。天気は良いようですので、梅雨入り前の古物の仕込みにぜひお出かけください。では、6月もどうぞよろしくお願い致します。












2018年5月28日月曜日

面と頭

 思い立って京都へ。ていうか滋賀へ。この土日が、ミホミュージアムで開催中の『猿楽と面 -大和・近江および白山の周辺から-』を見られる最後の機会と踏んで、涙の弾丸ツアーを組んだのでした。べつに泣く必要はないんですが。ところが、前日からの体調不良が、頭痛・腹痛・悪寒・めまいとして発現し、やっぱり泣いてしまいそうな、なかなか辛い道行きとなったのでした。楽しみにしていたチキン弁当など食べてる場合ではない具合。しかし「駅弁を食べずして何の旅ぞ!」と心の中の旅の師匠(おそらく田山花袋みたいな風貌)が声を荒げるので、それならばこれを、と崎陽軒のシウマイ弁当を購入しました。先の糸魚川行きで同道したK氏が隣りで旨そうにモスモス食べていたのを、いいなーと思って見ていたものです。今までチキン弁当一択だった自分にとって目から鱗のアイテム。味の良さ、内容の豊富さ、バランス、巧みな配置・・定番を蔑ろにしてはいけないことを痛感しました。
 体調悪いわりには結構ムシャムシャ食ってるじゃねえか、と言われそうなほどに美味しいシウマイ弁当でありました。しかし京都着いて石山に出てバスで50分、ミュージアムに着いた頃には、目の奥まで痛くなるような頑固な頭痛に苛まれていまして、呻きながら頭を抱える姿は、NIGHT HEADの武田真治のようだったかもしれません。が、この身体における非日常状態こそが、この展示内容とのアクセスを容易にする回路でもあるかもしれません。ハレへのダイブとして装着される面を支える身体内部で起こる変化は、生成の途次において病の身と同じでないと言えるでしょうか。シラフで健康の状態では見えない何かに感応できる可能性がそこにはありそうです。といったことを考えながら京都に戻ってきました。
 予定では市バスを乗り継ぎながらの名店探訪だったのですが、このままでは宝誌和尚立像みたいに顔ごと割れそうなので、宿に滑り込んで横になりました。横になれる場所があることのありがたみを感じながら、薬を飲んでその日は早寝してしまいました。病身の割には楽しい夢を見たのですが、忘れました。長時間睡眠と薬のお蔭で次の日は少しは動ける身に。お腹も空いてきていましたが、いきなりすき焼きなど食べられるわけもなく、何か果物でもと思い立ち、チェックアウトしてからフルーツパーラーヤオイソへとテクテク出掛けました。そこでロイヤルフルーツサンドというのを頼んでしまいまして、老舗の懐の深さが身に沁みた次第です。
 というわけで、名店探訪は予定を大幅にカットし、今回は上京の二店のみにお邪魔したのですが、品揃え、店構え、商いに対するアティテュードなど大いに感化されました。ほんの少しだけ仕入もさせていただきました。帰り際、京都在住の異才同業者より事前に聞いていたスギトラというジェラート屋にてアイスを買って(しかもダブル)、市バスの停留所まで走り食いしながら、新幹線で滑るように帰ってきたのでした。京都という土地の一筋縄ではいかない感がいっそう強まった旅でした。

展示の中では図抜けて怖いと思った大分奈多宮の陣道面
応保2年(1162) 散楽の先頭を歩く面ですね     






ひんやりとしたトンネル


ヤオイソのフルーツサンド この素人っぽいつくりが
かえって老舗の風格を表していると思ってしまう

食べかけです すみません
スギトラのジェラート イチゴとバニラ






2018年5月23日水曜日

宋磁に相似した草字のために

インスタグラムもぜひご覧ください→👃 

 楷書を知らずして草書を書けるのか、デッサンを理解することなく絵が上達するのか、スパーリングもしないでブラジリアン柔術が強くなるのか、という疑問符が脳内を渦巻いてとどまることを知らないので、出光美術館で開催中の『宋磁 ー神秘のやきもの』を見てきました。ふだん古陶磁を味とか雰囲気だけ見て済ませがちな古物商にとって、謂わばやきものの太い土性っ骨である宋磁を知ることは、自己流の草書を見直すいい機会に違いないと思ったのでありました。と言って、一度見て突然やきものに開眼するわけもなく、例によって、くれると言われたら何もらおうかなーとヌルい感じで見てただけですが。
 何を見たって結局は欲しいものを選別してるわけで、なかなか欲望を解き放って純然たる勉強に徹することができません。で、何が欲しかったかというと、五代〜北宋のものだという青磁盤です。径が五寸もない縁の立ち上がりが低い素文の小皿みたいなのですね。均一な青は白根山の湯釜みたいで、見てると怖くなります。これがもっと研ぎ澄まされると、汝窯の水仙盆のようになるのでしょうか。
 なんにしろ、当時の経済大国の一大産業の一端を物欲だけで見ていては話にならないので、もう二回ぐらいは見に行こうと思っています。やたらと役に立つ陶片室と眺めのいい無料の喫茶コーナーだけでもその価値はあります。

店にある中国関連もの 磁州窯の高脚杯とか天津甘栗の
袋(日本のですが)とか明末(崇禎)の古染付皿とか   
お気軽にお問い合わせください           

2018年5月19日土曜日

見えない自由が

インスタグラムもやってます。ぜひご覧ください→👃

 日頃何かとお世話になっている先輩方の主宰する交換会に参加するために、新潟は糸魚川へと行ってまいりました。偶然の天使の微笑みによるものか、行きの新幹線は新進気鋭の骨董商K氏と隣り合わせに。二人で今後の展望を話し合ったり、買ったお弁当の比較検討(チキンとシュウマイ)をしているうちに糸魚川に到着。新幹線というのは、相変わらず戦慄が走るほど快適な乗り物です。
 降り立った先に見える空の広がりは、そこに海があることを感じさせます。地図で見ればたしかに海沿いの町であることは分かるのですが、そこから頭でイメージした空間と実際の土地は、やっぱりずいぶん違うものです。脳内と実地の齟齬感があるほどに、旅の醍醐味も深まるわけで、徐々に高まるテンションを噛みしめながら会場まで歩いていきました。
 通りの店先には雁木と呼ばれるがっちりとした雪よけの屋根が付いています。商店街のアーケードはこの雁木が元になっているそうですね。ふと横を見ると海に続く抜け裏みたいな小径があったり、反対を向けば山の稜線が目に入ってきたりと、視界にとびこむ情報が多様で凸凹してる気がしました。八丁堀近辺ののっぺりとフラットな街並とは明らかに違う重層的な力が漲っていて、こういう土地が古代人の住みたいところなんだと思ったのでした。
 交換会は業界有数の大店のサロンをお借りしての開催。各店舗の年商によって結界が作用して、自分あたりでは入ることさえできないのではと思わせるほどの緊張感があります。しかしお昼にうっかり2500円の穴子丼を食べてしまったお蔭か、割にあっさりと場に馴染むことができました。有り難いことです。会終了後にはもちろん宴が張られまして、新潟はなんでも旨いという先入観があったのですが、魚・肉・酒・野菜、やっぱりどれも美味しいものでした。その後は、カラオケージョンに行ったり、帰宅の途についたり、フィリピンパブに赴いたりと、それぞれの道を歩んでいました。みんな違ってみんないいってやつですね。自分はというと、夜の糸魚川をそぞろ歩きしてみたかったので、独りナイトウォークへ。と言っても、この頃には会場や宿や駅前を何度かウロウロすることで糸魚川に対する馴染みが生じつつあって、そんな気安さから単独行動に打って出る気になったのでした。
 夜もまだたいして遅い時間でなかったのですが、電燈がまばらで街が暗い。夜がしっかり暗いというのは、いいことだと思いました。海を見に行ってみたのですが、イルミネーションでライトアップされてるわけもなく、ただ彼方に闇があるだけ。いい感じのラーメン屋を発見するも、宴会で食い過ぎてもう何も入らず。路地裏散策しようとしましたが、お化けが出たら怖いので止めにして、結局早々に宿に戻りました。狭い部屋で買った物を広げたりしまったりしてました。
 次の日も地元の会に参加させていただき、二日間で少しばかりの仕入もできました。というか、仕入をしなければただの飲み食い旅行です。常に危うい境界で一体何が欲しくて仕事してるのか、と風呂敷の重さを感じながら帰路についたのでした。

ゴダールというよりはアンゲロプロス的な海

路地の先は日本海

途中にこんな神社が

駅前の目抜き通り

海と

山に挟まれた町 糸魚川


宴会に出た魚 セイカイと言ってました
ウスメバルを新潟ではそう呼ぶそうです

夜の糸魚川

夜の散歩中にみた看板類

で、デカいと前を通るたびに言ってみる


えちごトキめき鉄道の線路

土地を売ってました どうでしょうか

帰りも新幹線 持たざる者の豪奢な旅